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さて、湖畔に取り残された男の傍らには、金色に輝く純金の鋸と、艶やかに光る銀の鋸の二つ。
くどいようだが、男は林業とすっぱり別れるために、この儀式を執り行った訳である。となれば、彼のこの時の心情を想像するには容易い。
彼が再びその二本の鋸を湖に投げ入れた事も、当然の行為だった。
「……これはどういう心算ですか?」
気分を害した面持ちの先程の女神が、少々乱暴に男に尋ねた。
「……い、そ、それらは……要りません」
と、男は縮こまって、声を上ずらせながら必死にそう言った。
すると女神は例の微笑みの表情に戻って、
「……素晴らしく殊勝な心意気!我が主もさぞ喜んでいらっしゃることでしょう」
と告げ、
「……主も貴方のような人徳者が世に生を受け、とても感銘を受けていらっしゃることでしょう。これらの鋸はどうぞお持ち下さい。それから、更に5本程差し上げましょう」
そして、静かな湖畔には、一人の人影と、7本もの金銀に輝く美しい鋸。
男はただただ溜め息を吐くばかりである。その息の色は、爛々と輝く鋸に映る事は無い。
暫く後、男はがっくりと肩を落とし、徐に家路についた。
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