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   古手川の部屋に入ると、喉に苦くざらついたものが絡み、ムッとする匂いが鼻を掠めた。こいつはヘビースモーカー。この部屋にちょっと居るだけで気分が悪くなる。  俺はこいつが嫌いだ。 「この乱雑に置かれた紙類は何さ」 「履歴書に必要な資格取るために勉強してたんだけど、結局挫折してさー。あたしは晩御飯作るからあんた片付けておいて」  この女……。 「何で俺が」 「お隣なんだから良いでしょー。あんたの分も作ってあげるから」 「さっき食った」 「彼女ー?」 「……そうだけど」  ふーん、と聞いておいて興味なさそうな素振りを見せると、台所へスタスタと行ってしまった。とりあえず吐き気のするこの部屋からさっさと出してもらうため、適当に散らばった書類やら参考書やらをまとめる。  少しして、片付いた机の上に古手川がインスタントのカップ麺を置いた。 「晩御飯作るって、これはないだろ」 「あんたは良いよねー、彼女の手作りなんでしょ」  椅子に腰掛けながら、ポケットから箱を取り出し一本くわえ火を付けた。 「吸う?」  細い腕が俺に白いそれを向けて聞く。煙草とストレスで疲れ切っただるそうな体が、弱々しく俺を見上げる。はめられた指輪は、すぐに抜けてしまいそうだった。 「…………帰る」 「そう、ありがとね、助かった」 「古手川」 「ん?」  普段こんなこと滅多に言わないんだけど。 「煙草、止めろよ」 「……………………」  頓狂な表情で見つめられる。 「……あらー、心配してくれてるの?」  隈が濃い顔できゃっきゃと笑う。せっかく心配してやっているのに、雰囲気をぶち壊すのはこいつの十八番らしい。 「煙草は私の恋人なのよー。邪魔しないでちょうだい」 「はぁ……、じゃーな」  靴を履きドアを開け、俺は外のぬるい空気に包まれた。玄関を閉める。最後に見たのは、うつろな目でどこかを見つめる古手川の姿だった。  
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