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  「彼以上の人が現れるわけない……、……そう思うとね、私が生きてる意味なんてない気がしちゃってさ……」  空元気に似た無意味な笑みを浮かべ、真っ白な左腕を掲げる。 「……手首をね、切りたがる人っているじゃない。あたし、あの人達の行動や考えが理解出来ないの。こんなとこ切っても人間って死なないように出来てるのにさ。切るなら耳の下辺りがベストね……。生きてる実感が欲しいっていう人もいるじゃない。そんな人達は十分前向きな人間だと思うし、そんなことしてる暇あったらもっと他に実感を味わえるやり方があるでしょ、……て思うの」  涙を拭わないその顔をただ無気力に、ただ無感情に見つめるしか俺には何も出来なかった。否、俺は何もしたくなかった。 「そんな中途半端な人間ばかりの世の中って、どうして成り立ってられるんだろう……。あたし、怖いのよ。この不安定な世間に存在しているあたしは、どうしてやじろべえみたいに立ってられてるのかしら。起き上がりこぼしみたいに、どうしてまた起き上がるのかしら。ずっと倒れていたいのに……」  掲げた細腕をぶらんと垂らし、見上げたまま蛍光灯の明かりをぼんやりと見つめる。 「倒れて、……世の中を、猛スピードで下る激流の中にぽつんとある、あの岩のように、その流れをそこだけせき止めて、あたしは動かない。痛い流れに打たれて、身も心もボロボロになって、世間に置いていかれ、そしてそのまま…………………………」  涙は止まっていた。 「生きたくない」 『助けて』  ――――――――――ッッッ。  ドンッ  
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