奇跡

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言われていた時間が来たので、彼を起こした。 ゆっくり目を開けると、「もう一回キスしてもいい?」 と言って、キスされた。 彼は起き上がり、素早く支度を済ませ、あたしの向かいに座った。 「なぁ、オレこんなんやけど、付き合ってくれへん?芸人のノリとかじゃなくて、ちゃんと。 だから、オレの事芸人としてじゃなく、好きになって」 真面目な顔だった。 彼の事はもちろん好きだったけど、考えてもいない事だったので、答えに困っていると、笑顔で 『返事急がへんし、嫌な思いさせるかも知れへんからよく考えて』 と言ってくれた。 ホテルから出て劇場に向かう道。 なるべく人のいない路地を選んで手を繋いで歩いた。 劇場の近くへ差し掛かり、あたし達はどちらかともなく手を離した。 「ここから一人で行くわ。ライブ頑張るから見ててな」 「うん」 手を離すと、急に寒く感じた。 「はい」 彼が手を差し出す。 「本当は抱きしめたいけど、無理やから…握手」 硬く握手して、笑顔で彼は歩いて行った。 少し遅らせてあたしも後ろを歩いた。 道行く人が彼を見て振り返っている。 劇場の前にいる女の子に囲まれていた。 それを遠くから見ていた。 さっきまで隣にいたのに、知らない人みたいに思えた。 ようやく開場になり、あまり目立たないように前から五列目位の一番端の席に座った。 開演を待っていると、彼からメールがきた。 「どこに座ってるの?」 あたしは慌てて自分のいる場所を返信した。 「こっそりのぞくわ」 とさらに返事が来た瞬間にあたしの座っている所の幕のカーテンが揺れていた。 可愛いくて、一人でこっそり笑った。 公演中も何度か目が合った。 彼があまりにキョロキョロするので、他の芸人に『お母さんでも来てるの?』とネタにされたりしていた。 やがて公演も終わり、外へ出ると、ファンの女の子達がお目当ての人と話をしようと待っていた。 先週の自分と一緒だ。 あたしは待たずにそのまま帰ろうとしていた。 すると急に携帯が鳴った。彼だ。 「もう少ししたら出るから見える所におって。帰る前に少しでいいから、顔見たい」 先週からしたら何もかもが信じられないなぁと思った。
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