戦後処理・論功

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信長・・・「こたびの戦、皆大儀。これより論功を行う。名を呼ばれた者は、前へでよ。」 小姓・・・「前田利家殿、佐々成政殿、真田正幸殿以下御兄弟殿も前へ」 利家、成政、真田三兄弟が呼ばれた。 信長・・・「前田利家。大将首4っつを取った功により主には、荒子城をやる。今はそちの兄が城主じゃが、世継ぎもおらず戦もできん者などワシはいらん。今後は、主が前田家当主じゃ。」 利家・・・「はっ。ありがたき幸せ。」 本来の歴史ではこのころの利家は、信長の小姓を斬り、信長の怒りをかい勘当されていた。 ※史実と違いますが、ご容赦を。 信長・・・「佐々成政。こたびの戦で、佐々家当主であるそちの兄が死んだ。よって成政が跡を継げ。」 成政・・・「ありがたき幸せ。」 信長・・・「正幸。こたびの戦そちのおかげで勝てた。 そちの軍略見事である。 弟村昌、昌秀は今川重臣を全て討ったようだの、その首40とも聞く。 真田の力天下無双であるな。 正幸よ今日より侍大将に任ずる。さらに、25貫より1000貫に引き上げ、250石より3000石を与える。」 正幸・・・「はっ。重ね重ねの恩情有難うございます。」 他の家臣達が、騒ぎはじめる。肩書は一つ上の位になっただけだが、禄と石高は家老と同等の待遇であった。 初陣ですぐに家老にするのは他の、家臣の反発もある為に禄と石をあげたのであった。 それほどに真田一族の活躍が凄まじかったのである。 歓喜の声を上げる者、ふて腐れている者とさまざまいたが、こうして真田一族はある程度の地位を築いたのである。
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