第三章 予期せぬ悲劇

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  「待てよっ。大雪っ」  低い声が追ってくる。愛真は昇降口を飛び出し、正門へ向かって脇目も振らずにひた走る。 (どうしよう、どうしよう。あの顔、怖い。あの目が、怖い)  頭の中はそのことでいっぱいで、思考がままならない。  脳裏(のうり)(よみがえ)るのは、飛び込んで来た広志の強張(こわば)った驚きの表情と、恐れを(ふく)んだ硬質な瞳。  あの顔と瞳を見た瞬間、記憶の(おり)の深層に沈む『何か』が呼び起こされようとした。  広志の姿に重なりかけたシルエット。  その途端、言い知れぬ恐怖が身体の底から突き上げ、いても立ってもいられず逃げ出していた。  snowの正体を見破(みやぶ)られたことより、『何か』が呼び覚まされる恐怖が愛真の心を支配していた。  だがどうして、それがこんなに怖いのか分からない。  記憶の底に沈めた物があるなんて、今まで考えたこともなかった。  いや、考えないようにしていたのか。 (どうしよう……あんな顔、させるはずじゃなかった。あの目は嫌だ。あの子と同じ)  あの子? それはいったい誰だろう。  前を見つめる瞳に、点滅する信号機が映る。  それに重なるように、薄暗い人影に似たおぼろげなシルエットがちらつく。
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