第三章 予期せぬ悲劇

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 首にかけたタオルで汗を拭き拭き、走り寄って来た痩せたおじいさんの言葉に、涼介はほっとしたようにいくらか表情を緩める。 (俺が呼ぶまでもなかったようだな。さて、取りあえず、あの馬鹿を片付けるか)  雪は救急車のサイレンが耳に届いたのを契機に立ち上がり、暴れる広志に近付いた。 「もー、いい加減にしぃーっ」  ――ごがんっ! 「げっ。成矢、何やっとんねんっ。大丈夫か、ものっそい音したで」  汗で額に前髪を張り付かせた成矢が苛立(いらだ)ちに任せ、広志の後頭部に頭突きをかますと、さすがに痛かったらしく広志が寸の間(うつむ)いて固まる。  雪はその襟元をネクタイごと掴み上げた。 「あ、ちょっ、雪っ?」  泡を喰うレオンを尻目に、自分とまったく同じ身長のくせに、体格はひと回り近くもでかいその身体を、 「目障りだ。(わめ)いてるだけなら退()いてろっ」  力一杯、野次馬の中へ突き飛ばした。  しかし無情にも野次馬は飛び退()き、広志は歩道にひっくり返る。 「広志っ! もーっ、成矢も雪もむちゃや」 「少しほっとけ(ほたっとけ)ばいいっちゃっ。いっそ、水でもかけりぃー」 「同感だな」  額を押さえながら、まなじりをつり上げる成矢に頷き、雪は(きびす)を返す。
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