一人目

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     あの事故から三ヶ月。 「マスター!お店、閉めますよ」 可奈子は、椅子に座ってカウンターに顔を埋めるマスターに言った。 ここはお台場の片隅にあるバー『Partner』。 従業員は可奈子とマスターの二人だけの、小さなバーである。 マスターが作るカクテルが美味しいと評判はよく常連客も多い。 しかし、三ヶ月前からマスターの元気が無い。 「マスター。マスター?」 可奈子がマスターに声をかけると、マスターは涙の跡を頬に残して眠っていた。 三ヶ月前の交通事故以来、客がいなくなって店が静かになると必ずこうなる。 あの事故で、マスターは妻と子供と一度に亡くした。 その心の傷は時間が経った今でも消えていない。 可奈子は店の奥から自分の上着を持ってきてマスターの背中にかけると、静かに店の掃除を始めた。
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