一人目

3/7
前へ
/25ページ
次へ
直後、バーのドアを叩く音がした。 可奈子が鍵を開けると、 「可奈子ちゃん、閉店した後やのにゴメン。俺、ここに忘れ物したやろ」 常連客の徳井が入ってきた。 徳井は、毎日必ず閉店一時間前にやって来て同じカウンター席に座り同じカクテルを頼む常連客だ。 水商売のような格好をいつもしているが、職業どころか出身や年齢も話したがらず素性が謎の男である。 「財布ですよね。ありましたよ」 可奈子はカウンターに置いてあった黒い皮の財布を持ってきた。 「そうそうそれ!ありがと。ところで……」 徳井は声を潜めた。 「マスター、どうしたん?」 「……お客さんがいなくなると、こうなるんです」 「何があったん?」 「三ヶ月前にレインボーブリッジで起きた交通事故で……」 「! もうええ」 可奈子が説明しようとすると、徳井は止めた。 「そこまで聞いたら予想つく。立ち入った事聞いてゴメンな」 「いいえ。お気になさらず」 「それじゃ、また明日来るから」 徳井はそう言うと、帰っていった。
/25ページ

最初のコメントを投稿しよう!

35人が本棚に入れています
本棚に追加