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直後、バーのドアを叩く音がした。
可奈子が鍵を開けると、
「可奈子ちゃん、閉店した後やのにゴメン。俺、ここに忘れ物したやろ」
常連客の徳井が入ってきた。
徳井は、毎日必ず閉店一時間前にやって来て同じカウンター席に座り同じカクテルを頼む常連客だ。
水商売のような格好をいつもしているが、職業どころか出身や年齢も話したがらず素性が謎の男である。
「財布ですよね。ありましたよ」
可奈子はカウンターに置いてあった黒い皮の財布を持ってきた。
「そうそうそれ!ありがと。ところで……」
徳井は声を潜めた。
「マスター、どうしたん?」
「……お客さんがいなくなると、こうなるんです」
「何があったん?」
「三ヶ月前にレインボーブリッジで起きた交通事故で……」
「! もうええ」
可奈子が説明しようとすると、徳井は止めた。
「そこまで聞いたら予想つく。立ち入った事聞いてゴメンな」
「いいえ。お気になさらず」
「それじゃ、また明日来るから」
徳井はそう言うと、帰っていった。
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