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ついこの間まで蕾だった桜は今では満開に咲いている。
花びらがまるで雪のように舞うこの時期になると、僕はいつもあの日のことを、あの子のことを思い出す。
あれから三年という年月が流れ、一人の生活にも慣れてきた。
時間の経過はあっというまに感じられた。
親元を離れ、ひとりで生活するということは自分が想像していたものとは大違いで、何度も実家にいるときに母の手伝いをしなかったことを後悔した。
バイトと大学を両立させ、月に一度は実家に連絡を入れる。もちろん大学やバイト先の先輩からの誘いだって断ってばかりはいられない。
そんな忙しさの中だとアノコトは自然と頭から離れてくれた。
けれど、やはりこの季節になると駄目なのだ。五月病とは少し違う…春にだけなる僕の病気だ。
今年こそはもう大丈夫だと言い聞かせたはずなのに…
「はあ…」
深い溜息をつくとそのまま蒲団に倒れこむ。
「飲みすぎた…」
昨夜バイト先の正樹先輩から突然飲み会に誘われた。
どうせ部屋でテレビを見るくらいの予定しかないし、給料日前で財布の中が寒くてろくな物を口にしていない僕にとってオゴリの飲み会は嬉しいイベントだった。
ジャージから普段着へとちゃっちゃと着替えて自転車にまたがる。
飲みすぎると帰りに運転できないと困るからセーブしないと…なんて考えながらバイト先から徒歩でおよそ十五分ほどの距離にある居酒屋へと向かった。
店に入って正樹先輩の名前を言うと可愛らしい女性の店員さんが奥へと案内してくれた。
「おぅ。遅かったな」
「すみません。めっちゃもう寝る準備してました」
「お前…それ言うなよ。思いっきり暇人なのがバレル」
「いや、隠すアレもないですし」
「アレってドレよ」
「アレは、アレです」
そんな会話をしながら僕は空いている席に腰を下ろした。
後でこの位置に座ったことを酷く後悔するわけだが…今はうん、何も気づいていない僕は幸せ者に違いない。
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