362人が本棚に入れています
本棚に追加
/83ページ
「寅次郎だ。」
男は名だけ告げると、今度こそ消えていった。
死して不朽の見込みあらばいつでも死ぬべし
生きて大業の見込みあらばいつでも生くべし
悠生はまた闇の中、一人になった。
心細くて、大声で何度も叫んだ。
しかし返事をしてくれる者は誰一人としていない。
それでも叫んで叫んで、叫びすぎて声が嗄れてきた頃、ふと前方にキラキラと輝くものが見えた。
そこへ走って行くと、小さな池があった。
光源も何もない暗闇の中、池自身が光を発しているように見えた。
悠生は吸い込まれるようにして池を覗き込んだ。
池が様々な色彩を放っている。
目を凝らして見ると、そこには父と母がいた。
「お父さん!!
お母さん!!」
悠生は池の底を食い入るように見つめた。
そこにいる父と母はいつものように笑ってなどいなかった。
酷く辛そうな顔をしている。
悠生はとっさに悟った。
自分を探しているのだと。
よく見れば、周りには警察官や近所の人、小学校の先生までいる。
悠生の目から涙が溢れ出した。
涙を零す母の肩を父がそっと抱き締めている。
「お父さん!!
お母さん!!」
悠生はもう一度二人の名を呼ぶが、その声が二人に届くはずもなく、やがて池には何も映らなくなった。
最初のコメントを投稿しよう!