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「そうじゃ、尊敬じゃ。
それにわしは桂先生がいっとう好きじゃ。」
勇希は、奈津の『いっとう好き』という言葉の意味を後々身を持って思い知らされることになるが、まだこの時はいまいち理解することができなかった。
「お兄さんを?」
「お兄さんじゃのうて桂先生と呼べ。」
「桂先生って呼べばいいの?」
「そうじゃ。」
勇希は迷子にならないように、奈津の着物の袖口を掴んで歩いた。
「桂先生は人一倍弱いくせに、人一倍強い。
そういうところをわしは尊敬しちょる。」
頭上にクエスチョンマークが浮かび上がった。
「言ってる意味が分からないよ。」
「今はまだ分からんでもいい。」
奈津は勇希の頭を力強く撫でた。
それはどこか、桂のものと似通っていた。
「さ、仕事じゃ、仕事。」
仕切直すように言うと、先程よりも大股で歩き出す。
勇希は付いて行くのに精一杯だった。
長州藩邸の下屋敷の一つに手紙を届け、返事の手紙を待つこと一刻。
その間に勇希は我慢ならず、外に遊びに行ってもいいか、もう帰ろう、と奈津に訴えたが、もちろん聞き入れてもらえるはずもなく、頭上に拳骨を落とされた。
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