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「……それで?」
少年の冷たい言葉がやけによく響いた。
「俺に何をさせたいわけ?」
その後に「嫌いな父さんの死ぬ場所なんて、別に見たくないんだけど」と言い放った。
その時だった。
少年の背後で慌てるように走る男の姿が見えた。着ている服も見覚えがあった。
思わず私は少年の手を引いて走り出した。
「ちょ、なにすんだよ!」
少年の不満など聞いてる暇などなかった。とにかく、その男の姿を追った。
すると心に響いてくる声が聞こえてくるのが分かった。
「えっ、何この声」
どうやら少年も同じらしい。
《はやく帰ってこのチケット見せてやろう》
《きっと驚くだろうなぁ》
《なんていったって日本シリーズだもんなぁ》
《はやく驚く顔見たいなぁ》
その男に近づくほど、心の声は大きくなった。
やはりあの声の主は、少年の父親だった。チケットを握りしめ、いち早く帰ろうとする姿が見える。
私たちは、どうにかして、父親を追い抜いて、プラットフォームに立つ。
そして流れ込むだろう列車を遠目に見ながら、私は少年の手を掴んだ。
「君の父親の素直な気持ちだ」
そう言った。
伝わっ、少年は手を握る強さが変わった。
その瞬間。
父親は私たちの横を通り過ぎ、大きな音と声を立てながら盛大に滑り、転び、その後、列車は無情にも、父親を……轢いた。
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