序章

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「では、採用、ということで」  タクシー会社の制服を着た初老の男が、私の前でそう言うと、嬉しさもあり思わず「ありがとうございます!」と叫んだ。 「うむ。その元気だけは買うよ」  至って冷静のその初老の男はそう言いながら、私に分厚い社則と制服を渡した。  大学を卒業して、就活をして、内定はもらったものの、昨今の不況の波に飲まれ、私の内定も取り消された。  就活も終わり掛けというところで、焦っても仕方がないと思った私は、バイトで何とか食いつなぐ生活を続けよう、と思ったものの、それも長くは続かなかった。  家賃、光熱費、水道代、携帯代。  迫りくる請求の波に押し寄された私は、いよいよ定職に就くことに決めたのだった。  けれどもこの不況だ。行く先々で飽きる言葉を聞いたのは「残念ながら……」という言葉ばかりだった。  そんな折り、ふと古臭い求人雑誌で見つけた小さなタクシー会社を営む「クーパー交通」に願書を出したのは、夏もまだはやい5月の半ばだった。 <年齢不問、資格高卒以上、自動車免許2種取得は会社負担、給与は会社規定による>  募集内容も、文句はなかったし、2種免許が取れたところで研修から、正社員として、先ほど採用された。  ようやく正社員として、定職にありつけたと思ったのだが……。
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