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「では、これがあなたの車になります。大切に扱ってください」
そう手を向けた先にはセダンとは違うBMWのミニクーパーの姿だった。
「はい。て、えっ!?」
タクシー会社に外車。ハイヤーなら分かるが、この時勢で外車のタクシーなんて見たことがない。
けれども、そのミニクーパーの屋根には、しっかりと「クーパー交通」と明記されたちょうちんのような可愛らしい置物が鎮座し、光っていた。
「細かい決まりは、その社則を見てください」
「……ええ」
「あと、このタクシーは夜間だけにしか走れないので、くれぐれも昼間は走らせないでください」
そういった男の言葉につい笑いがこぼれ「そりゃそうでしょう」と言った。
こんなミニクーパーが、タクシーとして採用されるなんてそもそもおかしな話だ。
「夜間だけ、というのは、ではシフト制なんですか?」
私が問うと、男は首を横に振った。
「いいえ。夜間のみです。決まりですから。いいですね?」
「ええ、はぁ、はい……」
男の強い口調に気圧された私は、生返事するしかなかったが、最後に1つ質問した。
「なぜ、夜間のみなんですか?」
「……決まりですから」
ただそう言うだけで、理由は分からなかった。
疑問を持ったまま私は、ミニクーパーの鍵を預かり、この会社、クーパー交通の社員になったのだ。
「こんなんでいいのか?」
そんな風にぼやきつつ。
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