序章

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そこは無限の闇だった。見渡す限り何もない。 光も、音も、時の感覚すらも。 耐え難いほどの飢えと寒さにさいなまれながら、彼は闇の中を漂っている。どれくらいの間こうしているのか、いつからここにいるのか、彼自身にももはや知るすべはない。 ーーーー 出でよ。 数日ぶりか、あるいは数年ぶりになるのか。彼に「神」の声が届いた。 空。満天の星空。 紅月と蒼月が煌々と輝く夜の世界に彼はいた。闇は闇でも彼が寸前までいた世界と全く異なり、生気に満ちあふれた世界だった。赤と青の薄い光が地表を照らす中、彼の目は翼を持つ獲物を捕えた。 敵か?あるいは餌か?どうしようもない飢えを満たさんがために、考える間もなく彼は翼を持つものに襲いかかっていた。 相手の目が見開かれる。恐怖か?あるいは驚愕か? 彼につかまれた相手はみるみるうちに生気を失い、はるか眼下の大地へ堕ちてゆく。 わずかに飢えを満たした彼は、次の獲物に目をやった。翼をはばたかせ、宙を舞うその相手は、白く光る弓に矢をつがえて、まっすぐ彼を見据えている。 次の瞬間、矢が相手の手を離れ、つかみかかろうとした彼の胴体を貫いた。 彼の全身を激痛が襲う。 気がつくと彼は元の世界へ戻っていた。 彼の飢えをわずかに満たしたはずの生気は、一滴残らず「神」に召し上げられていた。 光も音もなく、飢えと寒さだけが彼の知覚できるものの全てだった。 あとどのくらいこの状態が続くのか? 永遠に? そう、永遠に――
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