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「起きてくださいエビさん、エビヅカさん。」 運転席の伊勢谷慎二(イセヤシンジ)に揺すり起こされて、蛯塚は車の堅いシートの上で目覚めた。びっしょりと脇の下と額に寝汗をかいている。 車の外は一面の銀世界。 悪夢を見ていたのだと、暫くして蛯塚は理解した。 フロントガラス越しにはいかにも古風なペンションが見える。木彫りの看板に、『ペンション源』とあった。 「現場に到着です。エビさん大丈夫ですか?」 伊勢谷は心配そうに蛯塚を見ている。 蛯塚は何でもなさそうな振りで、目頭を押える。 伊勢谷は蛯塚が起きたのを確認すると運転席を降りて、積もった雪原に降り立つ。細身の長身だがしっかりした体格で足が長い。 蛯塚もけだるそうに車を降りた。踝まで雪に埋まる。 今は雪はまばらに降っていて、空は暗い。山に入った時は結構降っていた。山の天候の変化は激しい。蛯塚は寒そうに、ワイシャツの上に羽織った黒い皮ジャンのチャックを閉めた。 「イセ、これは通報者のか?」 狭い駐車スペースに窮屈そうに止まっていた白いランクル。蛯塚はそれとなく額の汗を拭う。 蛯塚は三十代後半の年齢にしては引き締まった身体をしているが、モデルのような伊勢谷の体型とはかけはなれている。剣道と柔道で鍛えて、がっしりとしていた。 「あ、多分そうですね。最近の学生はいい車に乗ってるんだな。」 伊勢谷は羨ましそうにそのデカイ車を眺めた。 「ふん。」 蛯塚はあまり興味なさそうにランクルから目を背け、辺りを見渡した。もう四十に近い年齢だが、刑事としての観察眼は冴えている。それは歳を重ねる毎に洗練され、熟成されていく。 蛯塚自身もそのことを少なからず自負していた。 一面の雪景色に、細い一本道がある。この狭い道が、このペンションまでの唯一の道だ。そして白一色の中に佇むログハウス調のペンションの前には、小さな駐車場。車は無造作に四台停まっていた。蛯塚らが乗ってきた黒い車と、白いランクル。そして先に到着している刑事調査官らが乗ってきたと思われる、回転灯をつけたバンが二台。 「ん?」 さっそく不信なモノを見付けた蛯塚は、刑事らしい鋭い目だった。
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