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「なんだこれは?」 ペンションの前に小さな鉄檻があり、中には犬が入っていた。元気がなく、殆んど死にかけに蛯塚の目には映った。 「なんだか狼みたいな犬ですね。」 伊勢谷が蛯塚の背中から声をかけた。蛯塚は檻の前にしゃがみ、中をよく見る。犬は大きな灰色の雑種で、確かに狼のよう。前脚をたたみ、近付いても横たわったまま、青い目だけは蛯塚を用心深く睨んでいた。何かを食らい付いていたのか、口元は汚らしく汚れている。 (これは血だ。) 犬は蛯塚を睨み、尖った犬歯を見せて唸り始めた。恐ろしい顔。だが動こうとはしない。怪我をしている様子はないが、震えていて思うように身体を動かせないようだ。蛯塚は眉間に皺を寄せる。 「瀕死のようだな。」 「見たところケガしてないですね。痩せてるし、主人が帰らずに餓死寸前といったところじゃないすか?」 「違うな。」 そう言って蛯塚は立ち上がった。 「首輪がない。多分こいつは野犬だ。わざわざ鉄檻に入れていることからもな。」 「はあ、成る程。」 「それに今しがた何かを食べたようだ。口元が汚い。」 伊勢谷も檻の犬を覗こうと膝を曲げた。と、同時に犬はおもいっきり吠えた。 「うわ!まだ元気じゃないですか、こいつ。」 「ペンションの中に入るぞ。先に到着した連中が何か知ってるかもしれん。」 檻から二人が離れても吠え続けている犬。 犬は動かず鉄檻に入っているというのに、二人は不安を覚えた。 まるで強い憎しみか、恨みが籠もった吠え方だった。
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