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セダンの中を忙しなくあさる標的が、不意に動きを止めた。
中年男が何かを手に取っているのを暗殺者達は見逃さない。
「気付いたようだ。」
ダミアンはそう呟くと、リモコンのボタンカバーを外す。
(三、二、一……)
ダミアンは心の中でタイミングをはかるカウントダウンを始め、赤いスイッチを躊躇いなく親指で押した。
中年男は自分が持ったその紙袋の正体に気付いたのか、何かを叫びかけていた。
――一瞬の閃光と、少し遅れて響いた爆音が静寂の雪山にこだました。
爆発はセダンのガソリンタンクに引火し、さらにセダンの近くにもう一台停まっていたと思われる車も巻き込んだ。
二度起きた爆発音。二度夜の雪山に轟音が響き渡る。
それから粒が大きい血の雨が、細かな肉片と共に雪原にボタボタと落ちた。
「ヒュウ!これで漸く国に帰れる。」
「まだ終わってない。研究所の“崩壊システム”からの生存者だ。あの樹の影に若い男が一人いる。」
そう言ってジョンはライフルを構える。
「なんだと?何処だ?」
「あの斑模様の樹の影だ。爆発に驚いたのか、まだ顔を出している。」
ダミアンは再び鋭い青い瞳で双眼鏡を覗き、倍率を上げる。
樹の影から無表情で爆発跡を見ている若い男が見えた。火傷と凍傷で痛々しく爛れた蒼白顔。
突如、ダミアンに稲妻のような戦慄が走った。
その若者の表情と瞳。まるで死んだ魚のよう。その特徴的な瞳に、吸い込まれるような錯覚。
ダミアンは全身に吹き上がる鳥肌と同時に、若者の正体に気付いた。
一瞬にして状況を理解したのだ。
「ま……待て!撃つな。撃つんじゃない!」
そう言って、ジョンが構えるライフルの銃口を反らす。
「なんだ?」
「まさか……いや、恐らく間違いない。聞いていた“例の奴”だ。早く本部に報告を!報告内容は二点、標的の神崎刑事と宮田刑事二人の抹殺完了と、新たな症例が一名発現だとな。指示を仰ぐ。急げ!」
ダミアンの言う“例の奴”とは?
研究所前の黒煙が、始まりを告げる狼煙の如く分厚い雪雲の空へ吸い込まれていた。
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