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引っ越しをした日。 僕は古い写真を見つけた。 制服すがたの僕と葵(あおい)が顔をくっつけて写っている。 彼女は顔を赤らめ、僕は大笑いしている。 葵悠子は高校の同級生だ。 「ぜんぜん」 タイプじゃないと彼女は言った。 「どういうのがタイプなんだ」 それには答えない。 葵に告白する男子はたくさんいたらしい。 僕はそういう事情にはうといのでよく知らなかった。 「そっちはどうよ?」 文化祭のとき、僕は園芸部の女子に呼び出されたのだ。 「いっしょに写真を撮りたかっただけなんだって」 廊下ですれ違っても避けるようにして歩き去るんだ。 友だちに尋ねてみたら「ホントになにもないから」と言う。 「写真か…」 葵はそうつぶやくと「こっち!」と足早に階段を駆けおりる。 「ちょっと、どこ行くんだよ」 「いいから、いいから。来て」 黒いショートヘアを揺らして、跳ねるように彼女はさそう。 僕たちは進路相談室の前にでた。 「俺、ここ苦手だよ」 「いいもの見つけたの」 彼女は幕がかかった小部屋を指さした。 「ほらっ」 それは写真撮影機だった。 受験票に貼る顔写真を撮るために置かれていたのだ。 「2枚だけのがあるのよ」 葵は嬉しそうに人差し指と中指を天井にかざす。 それはピースだろ。 なかは狭くて2人はいると隙間がなくなった。 「ちょっと待って」 彼女は手鏡を取り出して髪を整えはじめた。 「狭いよ」という僕の苦情をわざと無視して鏡に笑顔をつくる。 「よし」と言って彼女がこっちを向くと、勢い余ってスタートボタンを押してしまった。 カウントダウンがはじまる。 彼女が慌てて止めようとしていると、フラッシュが光った。 窓のそとは夕暮れ。 引っ越しの理由は、いろいろと捨てられないものがあったから。 荷物は半分ほどになってずいぶんすっきりした。 誰かと別れるたびに僕は葵のことを思い出す。 もう一度、やり直せないものかと考えているのだろう。
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