第一章

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前日に降った雪が凍って滑りやすくなっていた道に、彩乃が走り込んできたのだ。 見事な転びっぷりに、周りは唖然。 当の本人も恥ずかしさと痛さに耐えるのが精一杯で、その場から動けずにいた。 何も受験当日に、その学校で転ばなくてもいいものを……と、 周りが同情の視線を寄せる中、転んだ拍子に落としてしまった受験票を拾ったのが遼平だった。 たまたま用事で学校に来ていた遼平は、目撃してしまった現場をそ知らぬ顔で通り過ぎることはできなかったのだ。 「大丈夫か?お前よかったな。今ので不運を全部使い果たしたぞ。これで受験の合格は間違いなしだな。ほら、受験票」 慰めにすぎなかった。 一般では、受験生に対して『滑る・落ちる・転ぶ』は禁句となっている。 尤もそれも迷信であり、結局は己の実力次第なのだが、思い込みというものは案外恐ろしく、ダメだと思えば駄目になるのだ。 例え気休めでも、大丈夫だと言ってやった方がいいに決まっている。 「ありがとうございます」 気休めでも、その一言で緊張が解けた彩乃は、遼平から受験票を受け取って穏やかに笑った。 決して女に不自由していなかった遼平だが、この時初めて自分から女を欲した。 彩乃を手に入れたいと思ったのだ。 これが、遼平の一目惚れの瞬間だった。 その時見た受験票のナンバーを覚えて、結果発表を見に行った。 彩乃が受かったのを確認するのと同時に、自分が入れ替わりで卒業だということを悔いた。 悔いたところでどうしようもないのだが。 このままでは彩乃の記憶から消えてしまうことを恐れて、彩乃の記憶に自分をインプットさせるためにしたのが告白。 彩乃の為に『告白』というタイトルの小説を書いたのだ。 当時すでに作家として活躍していた遼平にとって、小説を書くことは何の問題もない。 卒業を迎える前に自分の想いを詰め込んだ小説を書き上げ、彩乃に渡したのだ。 始め驚いた彩乃だったが、それを受け取り、さらに数日後にはその返事を返した。 彩乃も同じ気持ちだった……と。 受験の時から遼平を忘れられなかった……と。 それから、二人の付き合いが始まった。 遼平はそれまで取っ替え引っ替えだった女関係を清算し、彩乃一筋になり、彩乃をただ一人の恋人として、誠実に付き合ってきたのだ。
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