ロケット花火

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 土用の鰻で暑気払い ――― 鼻腔を擽(くすぐ)る甘だれの焼ける匂い。そいつをチキンの口に入れるには金が要る。が、嗅いでる分にはタダだ。  葦簀(よしず)の立て掛けられている辺りで体育座りをし、しばらくその芳香に酔っ払っていると、四角い顔のおっさんが打ち水用の柄杓で威嚇めいた動きをしてきた。仕方なく退散。減るもんじゃあるまいし…ケツの穴のちっちぇえおっさんだなぁ。あぁぁ、やだやだ。ああはなりたくねぇな、と独り呟きながら歩く。  人気のない家の軒先にぶら下がっていた風鈴を指で弾く。"チンッ"とシケた音。ムキになって弾いているうちに鈴そのものを破壊。爪の根が割れて出血 ――― 口で吸い、鉄分を体内へ還元した。  花弁を絞ったままの月見草 ――― 東の空には白い月。地平一杯のところでまだ少しだけ頭を覗かせている火の玉を睨みつけていた。  風に乗ってやってきた太鼓の音がチキンの耳朶と鶏冠(とさか)を震わせた。  羅(うすもの)を身に纏(まと)い首筋に天瓜粉(てんかふん)を叩いた団地のガキどもの夕涼み。独り小汚い恰好をしたチキンは、側溝の横で浚われたままになっているヘドロチックな泥を蹴り歩き、周りの顰蹙(ひんしゅく)を愉しんだ。太鼓の音が近い。  夜店に煌(きら)めくお面や金魚。そのすぐ際で誘蛾灯に焼かれる蚊や蛾たち。デカい蛾が掛かり、盛大な音と火花で昇天。白煙と如何んともしがたい臭いが立ち込める。身を焼かれるというのはああいうことなのか、と昼間の出来事を逡巡し、暫(しば)し生の喜びを噛み締める。それにしても発電機がうるさい。  夜風に揺れるアセチレンランプに照らされながら、わざわざ人の流れに逆らって歩いた。そうすればマイスイートハニー(注:一方的)と作為的かつ運命的にバッティング⇒偶然を装い意気投合。あわよくば×××などという甘く切なく戯(たわ)けた予感を抱きつつ、低学年生が手にしている綿菓子と水ヨーヨーをすれ違いざまにゲッツ。  結局、今宵ハニーと運命を共にすることは叶わなかったチキン。せめて同衾(どうきん)ぐらいはしたかったと唇を噛む。
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