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「先生のご健康と益々のご繁栄をお祈りしまして――乾杯」
「乾杯」
客人達は軽くグラスを挙げる。
乾杯が終わるとすぐさま何人かが康蔵のもとへと列を作り始めた。
手には高価な贈り物を持ち、恵比寿のような笑顔で康蔵を祝福する。
「――先生。この度はお誕生日おめでとうございます」
「わざわざありがとうございます」
康蔵は愛想を振りまくのが嫌いで、応対はいつも妻のみよ子がする。
「へっ――どいつもこいつも、本当は親父の金が目当てなんだろ?」
眞吾はわざと周りに聞こえるよう呟いた。
「何を言うんです、眞吾。お客様に向かって」
みよ子が叱ると眞吾は鼻で笑い、少し離れた席へと座った。
列に並んでいるのは社長という地位の人間だが、康蔵の財力によって成功したに過ぎない非実力者。
大江財閥からの支援が止まれば、文字通りアッと言う間に倒産してしまうだろう。
それを考えると、別に誕生日でなくても康蔵の機嫌を取る機会であれば、彼らは何でも良いのだ。
大江財閥という『金のなる木』が彼らをここへ誘い込んだ――ただそれだけのこと。
もちろん康蔵も彼らが自分の誕生日を心から祝ってくれているなど微塵も思ってはいない。
「先生、一度お部屋へ戻られませんか?」
先程から続く小賢しい機嫌取りに飽き飽きした様子の康蔵へシェフが気遣いを入れる。
このシェフの名前は仁科隼人(ニシナ ハヤト)。
「いや、結構」
康蔵はワインをひとくちだけ口に含むと、その酒焼けした声でみよ子に訊いた。
「それより――典子はどうした?」
「そういえば、遅いですね……」
みよ子は頬に左手を当て、心配そうな表情で答える。
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