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「では、最後に何か質問のある人?」
小さな教室で江崎久司は机に向かうゼミ生に問いかける。しかし、生徒達は答えない。その代わりシャーペンやファイルをカバンに仕舞い始める。質問なんか無いから早く終われということだろう…江崎はいつもの様に悟った。
「じゃあ、来週からは一人ずつ卒業論文のテーマをより細かく解説してもらう。まず次回は青木、頼むぞ。」
青木は愛想無く軽く頭を下げた。
「じゃあ今日は終わりだ、解散。」
江崎が言うと生徒達はまるで亡霊の様な声で口々に「ありがとうございました」と挨拶をする。だが慣れてしまった今はそう不愉快にもならなかった。
「じゃあ先生、さよなら。」
そんな中、明るい声で松山理沙が挨拶をした。無邪気に笑って手を振りながら、周りにわからない様にウインクをしてきた。
江崎はただ無愛想に「ああ、さようなら」と答えた。
彼女は江崎にとって癌の様な存在だった。
「いいの、あたし先生と結婚するから。」
無邪気に言うこの言葉が今も頭に残っていた。
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