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その絵本のタイトルは『ももたろう』
誰もが読んだ事のある物語だ。
「母ちゃんがさ…よく寝る前に読んでくれてたんだ。幼稚園の頃だったかな…」
赤石さんは絵本をパラパラとめくっていき、染みを発見した。
「すごい、ははは。こんなとこまで……これは俺がジュース零してつけた染みなんだよ」
そう言って笑いながら涙を目に溜めていた。
「幸せだった。思えば笑顔なんてこの時期以来見てないかもな…泣かしてばかりだったからさ」
「ならば、これから笑顔を見ていけば…」
そう言うと、パタンと赤石さんは絵本を閉じた。
「無理だよ」
「無理?」
少し間があって
「うん。病気でさ、この前…死んじゃったんだ」
私は彼がここに来た理由を理解した。
「泣かしてばかりだったからさ…何ていうか、悪い想い出しか思い出せなかったんだ。だからここに来たら、良い想い出が見つかるかなぁって」
「そうでしたか」
赤石さんは目を閉じ、絵本を抱え
「ちゃんとあった。うん…。ちゃんとあったんだ」
と一人で納得していた。
「この絵本、持ち帰ってもいいの?」
「えぇ、ただし、この施設から出ると記憶だけが残り、絵本は消えますよ」
「へぇ、どういう仕組みだよ。ははは」
棄てた想い出を拾えた事で、赤石さんはさっきとは違う笑顔を手に入れていた。心の底から優しさが伝わってくるような、そんな笑顔だった。
私もいつかはこんな笑顔を手にする事ができるのだろうか?
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