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兄は女の行方を見てはいなかった。
突っ立って放心したように僕を見下ろしていた。
けれど、兄の目に僕の姿が映っているのかどうかはわからなかった。
「兄ちゃん」
返事はない。
「兄ちゃん……」
僕は兄の肩を抱きしめた。
小さかった頃、僕は兄の背中を抱いたりは出来なかった。立った兄を長く見上げていると首が痛くなった頃、腿を抱くのが精一杯だった頃をぼんやりと思い出す。
今は、届く。
「……兄ちゃん。泣くなよ」
「泣いていないよ」
掠れた声で兄が言った。
実際、兄は泣いていなかった。笑っていた。虚しい笑いだった。
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