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「ああいう人は……困るけど、いるところにはいるし。そういう人が俺の読者にいたってだけの話だ。気にならないよ。いちいち腹を立てていたら身が保たないだろう」
「だけど」
嘘だ、と僕は思った。気にしていないなんて嘘だ。そんなに傷ついた目をしているじゃないか。
「それに、信じられないような人だったけれど、本当のことも言っていたよ。俺は、売文家だからね。」
自分に対する皮肉なのだろう。自分を「売文家」と言った兄の唇が歪んでいた。兄が言うように、嘘ではないからなおさら苦しいのかもしれない。
西に傾いた陽の黄色っぽい日差しの中で、兄の唇の色が色褪せて見えた。
「兄ちゃん」
何が言いたいわけでも無かった。何を言ったらいいのかもわからなかった。
ただ、呼ばなければ目の前から兄が蜃気楼か何かのように消えてしまいそうだった。強く、兄の背を抱きしめた。
「兄ちゃん」
僕の腕の中で、兄は大きくため息をついた。
「俺は、何をしてきたのかな。言葉を使って、何をしてきたんだろう。何にも伝えられていない。何も伝えられなかった、俺は。」
女の言葉を思い出しているのだろう。兄は、苦しげに呻いていた。
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