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兄が、泣いている。
僕には兄の慟哭が聞こえるような気がした。
幼い頃、兄は俺によく言った。
「言葉の力はすごいんだぞ」と。
「言葉を知らない国では、たとえどんな言葉を浴びせられても、どんな酷い言葉を読んでも心が傷つくことはないんだ。たとえどんなあたたかで豊かな、素晴らしい文句を読んでも心は感じない。それは自分にとってそれらは言葉じゃなく、ただの記号にしか見えず、ただの音声にしか聞こえないからだ。それがどうだ、自分の知っている言葉で励まされたら、人は元気づけられる。幸せな気分にもなる。明日へと駆け出したくもなる。逆に、自分の知っている言葉で酷い言葉を向けられたなら、傷つき、打ちのめされ、場合によっては死にたくなるほど不幸な気分にもなる。それが言葉の力だ。」
こうも言っていた。
「俺は言葉が好きだ。ありとあらゆる言葉の響きが好きだ」
熱く語る時の兄の瞳は生き生きと輝いていた。言葉というものにまるで恋をしているように見えた。そんな兄が、僕は少し羨ましかった。
今、僕の腕の中で、兄は項垂れていた。伏せられた目に光は無かった。
「兄ちゃん……」
でも、僕にいったい何が言えるだろう。僕は兄ではない。抱きしめることしかできなかった。僕よりもよほど大人の男であることを感じさせる背中の厚みが、今は何だか薄く細く思えた。
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