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砂浜のど真ん中で兄が文庫本を読んでいる。
日陰ならまだしも陽光を遮るものがないところで本を読んでいたら、目が辛くならないだろうか。それに目玉焼きが焼けそうなほど熱くなっているかもしれない兄の頭のてっぺんあたりが、僕はどうにも心配で仕方なかったのだが、しかし、兄は色白な細面の中の眉一つも動かさずに、また一枚と頁を捲っている。
当の兄は何も感じていないようだ。
手にはボールペンが握られていて、黙々と頁の中に何か書き込みをしている。
いつものことだ。
兄は自分の書いた本が店頭に並ぶ頃、いつもこれをやる。
言ってみれば兄にとって儀式のようなものなのかもしれない。
決まったようにいつも海辺で。決まったようにいつも、こんな風に晴れた土曜の午後に。そして決まったように、とはいっても学校の用事がなければだけれど、僕はこの一回り半近く離れた兄の「儀式」に参列させられる。「儀式」の間、僕は兄に話しかけることはない。話しかけるなと言われたことはないが、僕は話しかけない。日が暮れるまで釣りをして時間を過ごす。それは僕が小学校にあがった頃からの習慣になっていた。
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