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今日の戦果ははかばかしくない。
普通サイズの白ギス三尾と、薄っぺらいカレイが一尾。それからヒトデとアオサを釣り針に引っかけただけ。さらに悪いことに、釣り針4つを海底に奪われた。
魚があまり釣れないのは強い日差しのせいもあるだろうが、それにしても良くない。
潮水に濡れてしょんぼりとしたアオサを沖へと放った時、後ろで女の声が聞こえた。
「あれ? もしかして、……タカムラさんじゃないですか? 篁雨月さん?」
篁雨月、それは兄のペンネームだ。
兄の隣に、おそらくは職場の制服姿、たった今まで仕事場にいたかのような身なりをした、一人の女が立っていた。巻いた髪や化粧の感じからして年の頃は若そうだ。
兄が本から顔を上げた。
その眉間に一瞬、皺が出来たのを僕は見逃さなかった。
「そう、だけれど」
平板な調子の返事のしまいまでも待たず、若い女は手を叩いて跳ねた。
「やっぱり!! 篁さんって、やっぱりこういう所にいたんですね」
興奮した様子の女が、兄へと握手を求めた。
「あの、握手してください。あ、ちょっと待って。これにサインも貰えますか。私、大ファンなんです」
ポケットから出した、いかにも職場で使っていたものではないかというポストイットを一枚出して、兄へと突きつける。
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