-儀式-

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「篁さんの本って面白いですよね。」 「そう。ありがとう」 兄は顔色も変えず、ポストイットにボールペンでサインする。 「だって、爽快じゃないですかぁ。出てくるキャラみんな格好良いし。」 女は気付いていないようだったが、兄は笑っていた。うんざりした顔だった。 「私もあんな風に、ヤな奴、ばんばん蹴散らして行けたらなぁー」 兄は割合何でも書く方らしい。対象年齢の低い活劇モノも書けば、推理小説風な作品も書いているようだ。だが、本当はそういう物はあまり好きではないのだ、と聞いたことがある。「駆け出しの頃は仕事を選んでいる場合じゃなかったからね、それの名残みたいなもんかな」と、いつか兄が言っていた。そう言って笑った兄は、またある時、ため息をついてこうも言ったものだ。「だけどね、架空の人物であっても、そいつを殺す時は痛みを感じるんだ。俺の心が、さ。こいつの人生の続きはもうないんだ、俺が終止符を打ったんだ、って考えるとさ。そういう人間を、俺は道具みたいに山ほど作り上げたんだ。俺は何様のつもりかって。そういう物しか書けない俺が……馬鹿馬鹿しくて、やりきれない」。そう語った時の兄の空しげな声を僕は思い出した。 女は兄の顔を覗き込んでいた。 「篁さんって、いつも海にいるんだってねー」 女の口調がだんだんと砕けたものに変わる。
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