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「あたしーなんかー、ここらへんの海岸で見かけたって聞いたんですよー。ファンの集まりで話してて。まさかこんなに職場に近いところだとは思わなかったけど。こういうのって探してみるもんだなー。」
職場、とは女の職場の事らしい。よく喋るこの女は職場を抜け出して兄を「探しに」きたのだろうか。
「何で海好きなんですかー? あ、やっぱり良いアイデアが浮かぶとか! ねぇ、もう次の話考えてるんでしょ? 次の話ってどんなの?
また格好良い人出してよ。三作前ぐらいのだったかな、忘れたけど、おじさんばっか出たのあったじゃないですかー。あれダメだよ。ダメ。格好悪いじゃん。弱っちい敵もやっつけられないなんてさ。何であんなの書くんだよー」
兄は、ボールペンを握りしめていた。固く握りしめた拳の節に白さが浮かんでいるのが、僕の目にも見えた。
「ねぇ、あたし出してくんない? あ、すっごい良いアイデア!
そうだよ、あたし出してよ。あたしを格好良く書いて。あんだけたくさん書くんだからさぁー、一つぐらいいいじゃん。ていうか、そうそう忘れてた。」
言うが早いか女はポケットから携帯を取り出し、僕が制止に入る間もなく、兄の後ろにしゃがんで携帯を翳した。
安っぽい電子音だった。それはすぐに浜風に掻き消された。
「やったぁ、ツーショット! プリント出来たら送るからさ、送り先教えてよ。あたしって超親切でしょー」
「もう、いい加減にしてくれないかな」
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