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私もだ、と思った。
だけど
“美桜”とさっきからさりげなく呼んでくれることと、“波長が合うと”などと特別な言い方に心臓を締め付けられて声が上手く出なかった。
見上げると無邪気な瞳。
口説くとかそんな下心がみ微塵もみられない。つられて笑みが零れた。
「待っててくれてありがとう、すぐ着替えるから良かったらこれからどこか行く?」
その誘いにすぐさま頷きそうだった。
だけど途中で頭をよぎったのは家のこと。
それはこの一年で身に付いたクセだった。
「あ…えっと」
ポケットの携帯を取り出して時間を確認する。
ちょうど母の気分が良ければ夕食を作り出す時間だ。
「なにか用事?」
「ううん、あの…」
「じゃまたにしよう」
あっさりと彼は引き下がった。そのとまどいのなさに少し寂しさを覚える。
「あの、だったらもう少しここで話ししてくれない?」
「ここで?」
意外な顔をされる。
「あまり、遅くなれないの。ライブの日は特別だったし。でもここで少しなら…」
「いいよ」
樹は身を乗り出して窓枠に肘を付いて手の甲に顎を乗せた。
その仕草がゆっくりと会話を楽しむ構えのようだった。
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