息苦しい日常

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父は母の横に腰かけると、優しく背中をさすった。だんだんと落ち着いていくのが分かった。 最近はずいぶんと安定している。前ならこのまま爆発していたのに。 下手に私が介入するより今は父に任せておいたほうが良いと判断して家を出る。 「……いってきます」 一応挨拶をしてみた。 「今日は急いで帰るから」 「えぇ…」 “いってらっしゃい”の返事はない。 リビングの扉を開けてソッと出ていく。閉める直前に二人を見たが、こちらを向きはしなかった。 「いってきます」 もう一度、届かない程度の声量で言ってみる。 手を離すとバタン、とドアが勝手に閉まった。 見えていないのは私の方だ。 と思った。 一年前と変わらない家族三人の風景。 変わったのはそこに流れる空気。どこか余所余所しくて遠慮がちで、緊張感を含み、歪んでいる。 見せかけの平和を装って、私たちは家族を続けている。 ちょうど一年前の夏の始まり、勝利したのは母だった。 だけど何をもって勝利というのか、それはいまだ分らないままだ。
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