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裏返された掌が、今度は僕の頭に向かってゆっくり伸びていた。
フランドールの弾幕による間接的な痛みとはまた一線を画すであろう、直接的な「死」への誘い。忍び寄る、経験したことのないその気配に、ぞわりと身震いが全身を走る。
押し潰されそうな恐怖。逃げられないジレンマ。許されない吐息。
目を見開き、体は強張り、しかし為す術もなく。
そして僕の頭部に手がかけられた、その時──
「なーんてね」
「…………はぇ?」
ぱっ、と彼女の顔が明るくなったかと思うと、伸ばされた手は何事もなく僕の頭をぽんぽん、と数度叩いた。
……おぉ?
「なかなか悪くないわ。"真実の月"の効力で感覚が冴えてるにしても、なかなかね」
「……うぃ?」
「事後の反応も好印象」
言いながら微笑みを浮かべ、口元を手で隠してくすくすと笑う。
あ、すっごく良いその仕草。
どこかの育ちの良いお姫様みたいだ。
と、その感想が仕草からだけ来るものではないと気付く。
その見に纏う、桃色を基調とした着物は、いつか教科書で見た昔の日本の着物を思い出させる。
たしかあれは、何重にも着物を着ていて、何人もの召使いが総出で着替えさせるらしい。
そのモチーフになったかのような、綺麗な着物を優雅に着こなして、
「って、いやいやいや。それどころじゃないでしょ。
ぶっはぁぁぁ、死ぬかと思った!!」
溜め込みすぎた使い古しの空気を思いっきり吐き出し、ちょっとひんやりした新鮮な夜の空気を吸って、吐いて、吸って。
あぁ、死ぬかと思った。胸に手を当てると、まるで別の生き物のように心臓が脈打っているのが分かった。
そんな僕を見て彼女は一瞬目を丸くしたあと、またくすくすと笑い始めた。
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