四譚 変容

18/39

451人が本棚に入れています
本棚に追加
/168ページ
     彼女は言った。難題を全てクリアした暁には、僕の望みを一つ、叶えてくれると。  ……とは、いえ。  一生遊んで暮らせるお金、イラナイ。  みんなが羨む栄光、名声、地位、イラナイ。  可愛いオンナノコ…………えぇい、イラン!  どんなに高価な物、どんなに最新の物、どんなに珍しい物、どんなに凄い物でも、     「だめだ、てんで興味ない」  そのどれらも、手にした自分の姿がイメージできない。僕には分不相応というものだ。  悟りというものは悲しいもので、それらが不釣り合いな僕とは果たして平凡だということを思い知らされる。  今度は、非現実に目を向けてみる。例えば、不老不死とか、空を飛ぶこととか、力持ちになれるとか。  しかしそのどれらも、やはり僕には不釣り合いだった。      というよりむしろ、そういう現実離れや非現実を手にすることで自分が「特別」になることが怖かった。常識の枠からはみ出すことがどれだけ恐ろしいか、それが手に届く距離にあると知って初めて気付いた。  「特別」であることに憧れていた僕は実は偽物で、「普通」でありたいと思う隠れた自分が本物なんだ。いつまでも続く毎日が愛おしいとすら思う。  僕って、欲がないのだろうか。  いや、と視線を落として自分の考えを否定する。そんなことはない。人並みに欲はある。  ちょっとお金欲しいし、ちょっと時間があれば有意義に使いたい。ちょっと新しいゲームでもあれば、わくわくするかもしれない。      でも、と。落とした視線が、更に下がる。  そのお金の使い道を、その時間の使い道を、そのゲームに飽きた時を、そんなことを考えると、あまりの無意義に鬱屈する。  落とした視線の先では、机の下で自分の指がつまらなそうに忙しなく動いていた。     「……えぇい」  自由奔放で無生産なその指を無理矢理に思考の支配下に入れ、僕はジレンマの塊であるルーズリーフをくしゃっと丸めて脇に下げていた鞄に放り込んだ。  こういう時、考えることをやめる!  それが僕だ。      さて、現実問題に目を向けることにしよう。  ……ヅラに。
/168ページ

最初のコメントを投稿しよう!

451人が本棚に入れています
本棚に追加