四譚 変容

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    「……さて」      ジャングルジムのてっぺんとその下、つまり初めて出会った時と同じ配置の僕と彼女。  やはり夜空には綺麗な月。絵に描いたような光景の中で、彼女はしばしの静寂の後、言葉を発した。     「ここまでの難題をクリアしたあなたに、私の名前を知る権利を与えましょう」   「……あぁ、そういえば」      そういえば知らないな、名前。知らないのによくここまで会話が成り立っていたと思う。  僕は黙って次の言葉を待った。     「私の名前は、蓬莱山輝夜」   「かぐや……」      繰り返して、真っ先に連想するのは「竹取物語」の主人公。そこから数珠繋ぎのように、想起の連鎖が始まった。  蓬莱の玉の枝と称して、彼女は僕に木の枝を持って来させた。  龍の首の珠として、中年の頭のヅラを。  仏の御影の鉢として、漬け物石を。  燕の子安貝として、燕の丸焼きを。  火鼠の皮衣として、……霊夢さんのぱんつを。  これらは全て、「竹取物語」において「かぐや姫」が数多の雄たちに仕掛けた難題に当て嵌まる。……まぁ、僕に持って来させたのは関連性皆無の品々ばかりだけども。  かぐや姫はやがて月に帰るのが物語のオチ。かぐや姫と月というのは切っても切れない関係にある。  そして、彼女──輝夜さんがいつもジャングルジムのてっぺん、つまり月に近いところでそれを眺めていること。  それらも、決して偶然の一致とは思えないものだった。    ただでさえ、「ゲンソウキョウ」などという不思議の国からやってきているんだし。そのうち、不思議の国のアリスさん、とか来たりしてね。あはは。    どれもこれも、なんともない予想の話。ただ、どれもこれも、予想を確信に変えてくれるだけの根拠と理由がある。  お伽噺もあながち身近なものなのかもしれないな、と柄にもなくロマンチックなことを思った。   彼女は一つ頷いた。  そしてゆったりした口調で告げる。 「これから始まるのは、私から貴方への『最後の難題』。これをクリアすることができたなら、あたなの望みを叶えてあげるわ」      僕を悩ませたその一言を放った後、妖艶な笑みを浮かべた。
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