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「しかも言うなら、私は暇ではないのよ。今は、特にね。忙しいったらありゃしない」
「……あらそう。私は忙しいなんて低俗な気分を味わったことは無いけども」
言ったあと、輝夜は自分が思いがけず感情的になっていることに気付いた。安い挑発に乗りすぎていると。平静に平静を上塗りし、輝夜は笑みを浮かべた──、が。
瞬きの間、まさに刹那の一瞬。閉じた瞼の裏で、八雲の「人を見下した嘲笑的な笑み」が鮮明に浮かび上がったのだ。おそらく自分の背中を見ているであろう相手の幻影に、輝夜は奥歯を噛み締めた。
「時間は有限だから美しい。限りを失うなんて、行き場もなく見窄らしい迷走でしかないもの。
……貴女には一つ仕置きしなくてはいけないけど、それは後のお楽しみ。迫る時間に怯えていれば、永遠が如何に陳腐なものか、分かるんじゃない?」
「──っ!」
激情に駆られ、輝夜は振り向き様に光弾を放った。
手応えはない。遠回しに、しかし輝夜の癪に一番触れるところを飄々と突いた言葉の主は、まるで今宵の月のように忽然と姿を消した。
既に、東の空は群青から白芒へと移り変わってきた。
輝夜は大きく舌打ちし、太陽から逃げるように西へと飛んでいった。
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