451人が本棚に入れています
本棚に追加
ここならば一切の干渉が無いのも良い。
その空間に比喩は必要なかった。なぜならその比喩の根源すら、この世界は内包していたから。この世界で起こりうる出来事を喩えることなど無駄なことだった。
空間は生理的嫌悪感を加速させる艶やかなショッキングピンクが彩っており、辺り一面に無感情な目のオブジェが無作為に散らされている。まともな人間であれば誰しもが恐怖と不安に駆られ、発狂してもなんらおかしくない、異様。そんな混沌の吹きだまりのようなその空間の中にあっても、霊夢は至って平静を保ち、普段と変わりない凜とした声で、この世界の主を呼ぶ。
「紫」
答えるように、肉にナイフを入れた時のような裂け目に似た隙間が、口を開いた。
蛹から毒々しい蛾が姿を現す。生まれ出でたのは一人の妙齢の女性。
「気が立っているわよ、霊夢」
「分かってるなら逆立てないことね」
「ええ。付き合いは長いものね」
「答えしか要らない。手短にしてよね」
紫の、どこか達観した、遠い目が自分を映していることに、霊夢の憤りが僅かばかり膨らむ。これでもかと見せつけるその余裕が、気にくわない。
面倒事は好きな方だった。少なくとも、暇なことに比べれば、ずっと。しかしこれはただの面倒事──『異変』で済ますことができない事件だ。霊夢は、そう思っていた。
「言いたいことは三日三晩掃いて捨てても全然足りないくらいあるけど。あんたも忙しいんでしょ、手短にしてやるって言ってるんだから、さっさとして」
「お気遣いを感謝しましょうか」
「私が聞きたいことくらいあんたには分かってるんでしょ」
「……そうね」
珍しく紫が次の言葉を躊躇ったことに内心で驚いた霊夢だが、確信を持って、紫の底知れぬ光を湛えた目を見る。
「渡良瀬叶の体の異変。原因は少なからず私にもあるわね」
最初のコメントを投稿しよう!