五譚 軋轢

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  「じゃあ、いくわよ」      前置きが妙に長く感じた。常に直球勝負の霊夢さんらしくない物言いだった。さっきまではあんなに、霊夢さんらしい笑顔を見せてくれていたのに。  その差にちょっとだけ戸惑いながら、僕は頷いた。     「その翼を、消すことができる」      この翼を、消すこと。頭の中で霊夢さんの言葉を反芻する。即座にそれを望もうとして、押し留まった。なんとか言葉の意味と隠された真意を汲み取るため、先の言葉を吟味する。  翼を消したらそれは、表面的には万々歳だろう。これは所謂、百害あって一利なしという代物だ。──いや、果たしてそうか?  そもそも、なぜ翼は生えたのだろう。まずそこから考えてみる。  輝夜さんとの戦いの最中、直面した不可能という道理を、僕の無理でこじ開けようとした結果。それって何だろう。手や足とはまた違った、意味のあるもの。意味?  この翼の意味。存在の意義。何かしらの理由があるから生えたのだろう。望まれて生えたのだろう。  おそらく、と、あの時の気持ちを思い出す。      輝夜さんに勝ちたいという気持ち。  強くなりたいという意識。  大切なものを守りたいという意志。  それが形になって顕現した、それがこの翼。     『みんなと笑って過ごすため』の力。  これは、僕の望みの形だ。  あの時の気持ちを思い出せば出すほど、『おそらく』が『間違いなく』に近づく。確信に変わるのに、そう時間はかからなかった。      何かを得るには、何か別のものを犠牲にしなければならない。  どこかで聞き流した言葉が、頭の中でぐるぐると回っていた。      みんなと笑って過ごす日々の代わりに、常識の輪廻を犠牲にする。  常識の輪廻から外れないために、みんなと笑って過ごす日々を犠牲にする。       どこかで聞き流した等価交換の原理。漠然としか捉えていなかったものが、今はっきりと姿を現して僕の前に立ちはだかっていた。  僕に求められていたのは、選択だった。   「そんなの、最初から決まっていたじゃないか」
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