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「紫さーん、これでいいんですよねー?」
木の枝に腰掛けながら、墜落した烏天狗こと射命丸文は空に向かって声を放った。
自慢の黒い翼が少し焦げてしまっていたが、さしたる外傷ではないのでよしとした。それでも多少なりとも気になるので手でなぞりながら返答を待つ。
声を放った空から、声が帰ってきた。
「ええ、充分よ」
「それなら私は叶さんを取材に行ってきますね! これはあなたとの正当な等価交換なのだから、止めても無駄ですよー!」
「はいはい。あまり迷惑かけないようにしなさいよ」
「もっちろんですー! ではではっ!」
幻想郷一の神速と謳われる文の姿は、文字通り一瞬でかき消えた。
紫のぬるりとした空間移動とは異なり、爽やかにぶっ飛んでいく辺り、まだ周囲からは好感を集めることだろう。
その片や、他人からよろしくない印象を持たれるであろう八雲紫は、一人残されてまたごちるのだった。
「らしくないことしてるわねぇ、私も」
射命丸文を『現代を取材してもいいですよ券(但し常識の範疇で)』で釣ったのは他ならぬ紫だった。
義理人情には堅いし対象の異変(つまり叶の翼のこと)を考えると適役はやはり文しかいなかった。文は長い物には巻かれる性格だったし、交渉のネタがあまりに文にとって魅力的だったため、文も快諾したという次第。唯一の懸念材料だった、組織に属する妖怪だったということも、異世界なので不文律。
それもこれも、渡良瀬叶に『後悔無き選択』をさせるための差し金だった。たとえ翼と一緒に記憶を全部消したとしても、そこに後腐れや凝りが残ったのでは意味がない。彼の願いをそのままに受け入れる義務が紫にはあった。
それにしても、と紫は思う。
「私は裏方の役者なのだけど」
自分があまり表に出るべきではないのは分かっていた。そもそも受け身に回るのは苦手だったのだが、今回ばかりは仕方ない。
今回ばかりは仕方ない。最近、そればかり言っている気がして、やはり後手後手に回るらしくない自分を嘲り笑う紫だった。
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