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「せっかくの夜なのに、暇ね」
天を衝くような縦長の建造物の上。佇む少女の背後には綺麗に紅く染まった月が君臨している。
人がまるでアリのようにぞろぞろと歩いている。夜はおびえて眠ることしかできない弱い人間しか知らない少女にとっては、それはおかしな光景だった。
建立された無数の巨大建造物。真夜中なのに関わらず煌々と明かりを灯す人里。そして地を蠢いている無数の人間。
腕組みして、その摩訶不思議な世界を見下ろす。
少女はうーんと呻った後で振り返り、闇に向かって声を放つ。
「見なさい、矮小な人間共が、妖怪蔓延る丑三ッ刻に間抜け面をぶら下げて外を歩き回っているわ。外界は訳が分からないわね、咲夜」
その声は少女の容姿とは似つかわしくないほどに荘厳で。聞く者を酔わすように艶やかで。その声で呼ばれた影が、無駄の一切ない動きで少女に同意した。
「まったく、同意ですわ。お嬢様」
凛とした声で答え、闇から現れたのは銀髪でメイド服を身に纏った女性。
自らより遥かに小さな少女に、畏まった様子で頷く。
少女は満足げに腕組みした。
何があろうと自分の言葉に是と答える瀟洒な従者からの答えに、妖艶に舌なめずりをし、不敵に笑いながら言う。
「選り取り見取りね」
口の端に、鋭い犬歯が覗かせながら。
しかし銀髪の従者は顎に手を当てて俯いた。表情からしてあまり深刻には考えていなさそうであるが、少女が訝しむには充分な材料だった。
そしてふと、従者は顔を上げると、
「妹様の分もですね」
少女の顔がギョッとなる。まるで、もの凄く厄介なものを思い出してしまったかのように。それまでの印象を一撃で粉砕しかねない程に、今度は年相応の表情。
しかしそれも一瞬で形を潜め、一つ咳払いすると元の大人びた表情に戻った。そして優雅に言う。
「アレはどこかしら、咲夜」
「存じ上げませんわ」
「……………………。
ああもう、なんでいきなりこうなるのよ!」
妖怪蔓延る丑三ッ時。夜の闇に少女の悲痛な声が木霊していった。
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