三譚 宗一郎という男

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   およそ宗一郎が満足するまで続けられるその鍛錬は、終わる時間もまちまちで本人にしても何時に終わるか想像が付かないものがあった。  今回もやはりいつまで続くか誰にも分からないそれは、休日であることを良いことに昼時まで続いていた。  早朝から昼時、丼勘定で時計の 短針が半周。それでも集中力は切れるどころか洗練されていた。  その集中力こそが、天谷宗一郎が全国でも名を馳せる剣道家である所以だった。  そんな時だった。宗一郎の正面に構えられた両開きの扉が、勢いよく開かれた。 「たのもぉー!」  ガラガラと勢いよく開かれた扉の前に、陽光を背に一人の少女が仁王立ちしていた。  そしていかに力を込めて開けたのか、戸は凄まじい音を立てて崩壊した。 「あれっ、そんなっ!」  目に見えてあたふたし出す少女に、宗一郎は鳩が豆鉄砲を食らったような顔。  4分の1日を費やしていた素振りも中断し、額の汗を拭う。冷や汗だった。  いかに強靭な集中力を持っていようとも、あまりの想定外の前には意味を成さず。その想定外をどれだけ減らせるかが集中の極みに繋がるのだが、残念なことに宗一郎の集中力は「少女、唐突、道場破り、轟音、扉崩壊」のコンボの前にあえなく霧散していった。 「…………」 「あぁっ、申し訳ありませんそんな目で見ないでっ」 「……と、言ってもなぁ」  宗一郎は持っていた竹刀を肩に担ぎ、呆れとも苦笑ともつかない顔を作る。  必死に修復しようとする少女だが、扉はものの見事に砕け散っていてどうやら直る見込みはない。  一つ溜息を吐き、救済の手を差し伸べに歩き出した。  
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