三譚 宗一郎という男

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   宗一郎に言わせると、扉が壊れたことも少女の背後に餅のようなものが浮かんでいることも、等しくどうでもいいことだった。 「道場破り、大歓迎だ。下は小学生から上は大還暦まで、猛獣だろうが幽霊だろうが何でも来い」 「それはありがたいです!」  ふくれっ面を破顔させる少女の腰に、剣の鞘が二本。意匠を凝らしてはいるが、持たずとも分かるあの独特の重みと雰囲気が実刃の刀を収めているものだと語っていた。  宗一郎はそれとなく疑いの眼を投げかけると同時に、銃刀法を完全にシカトしているその少女の肝の大きさに苦笑。一息吐くと、その鞘と少女の背後で踊るようにゆらゆらする餅から必死に目を逸らした。 「それにしても、よくここが剣道の道場だと分かったな」  確かに表には「天谷道場」と銘打った看板が重苦しい雰囲気を漂わせながら鎮座している。  しかし道場とは広義で、剣道から柔道から合気道なども鍛錬の場としてその看板を掲げる。何も考えずに道場破りするほど、この少女は浅はかには見えなかった。扉崩壊に関しては宗一郎は無頓着である。  少女は少し考えるような仕草をして、答える。 「剣を振るう音が聞こえたので」 「ふむ。なるほど」  少女が自分より一回りも二回りも大きい男と対峙していても少しも物怖じしないのは、たった今垣間見せた『相当に剣を振るってきた自信』が上回っているからだろう。  宗一郎の頬が僅かに緩む。  剣を交わして対等に語り合える好敵手だと判断した故に浮かんだ笑みだった。  
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