三譚 宗一郎という男

10/32

451人が本棚に入れています
本棚に追加
/168ページ
   防具を着こなし中央で相対する二人の間に、緊張が流れる。  頭には手ぬぐいを巻いている。脇には面を抱えている。手には竹刀。  息づかい、僅かな身のこなし、目の動き。相手の一挙手一投足を見逃すまいと細心の注意を払う。  全国に名を馳せる天谷宗一郎の剣道着姿が様になっているのは必然。  しかし少女のそれもまた、まるでその姿が普段着であるように、なんの違和感も抱かせない身のこなしだった。  堅く強張っていた二人の表情が、どちらともなく緩んだ。肌で感じる、強敵との邂逅だった。 「……さて」 「ですね」  言葉は足らずとも意思は疎通。二人は抱えていた面を取り付け、紐で固定する。  その一瞬が数分に、数分が数時間に。際限なく、時間の感覚が引き延ばされていく。互いの口が言葉を紡ぐその一文字まで、正確に読み取れるほどに。 「天谷宗一郎だ」 「魂魄妖夢です」 ──良い仕合を。  二人の硬質な声が、木造の道場に木霊していく。  両者立ち上がり、一礼。淀みない足捌きで、中心にて正対。  竹刀を交わし膝を折る、蹲踞(そんきょ)。  ほどなくして立ち上がった妖夢の顔は強い戦気で強張っていた。その瞳が一筋の光条となって我が身に襲いかかってくるのを、宗一郎は痛いほど感じた。  面金によって視界は狭まっているが、それを通すことによって見えるものもある。互いの力量、これから始まる試合の顛末、体から滲み出る強者の雰囲気が。 (目に見えない物を俺は信じる)  ふと、瞼を閉じる。瞬きよりも、少しだけ長い時間。 (……見極めてやる)  それは相手の力量か、己の意志か。それとも誰にも知り得ぬ大切な何か。  瞼が開かれ、現れた瞳には鋼の如き硬さと炎の如き激しさが宿っていた。  交わした竹刀を離す。  張り詰められた究極の緊張が、その仕合開始の合図と共に一挙に解き放たれた──。  
/168ページ

最初のコメントを投稿しよう!

451人が本棚に入れています
本棚に追加