三譚 宗一郎という男

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   辛苦の表情を浮かべていた妖夢の表情が、すっと引いた。  宗一郎は己を咎めるような妖夢の鋭い視線に戦慄を抱くが、込められた力は既に引っ込みも付かない。  そして、 「──ふっ」  宗一郎が竹刀で感じていた手応えが『消えた』。今まさに足の裏に力を込めた宗一郎は、驚愕の表情を浮かべる間もなく過度な前傾姿勢を科せられる。  力を込めたと見るや否やの、妖夢の後退劇だった。まるで風に揺れる柳の如く、自然体のしなやかな足捌きで体を後ろへ滑らせる。  宗一郎はあえなく体勢を崩された。  狙い通り──、そう言わんばかりに妖夢は竹刀を振り上げた。 「……っ!?」  倒れそうになる体を右足を突き出してなんとか立て直した宗一郎は、妖夢が後ろへ後退しながら竹刀を振り上げるのを見た。 (引き面っ!?)  鍔迫り合いから身を引き、瞬時に相手の面を叩く技である。  竹刀を振り上げ、僅かに重心を後ろに傾ける妖夢。体勢を崩されている宗一郎。防御は難しく、撃ち出されるであろう神速の一撃は回避さえ許さない。  と、宗一郎はそこまでを予測した。しかし、予測しただけだった。  妖夢の振り上げた竹刀が、一瞬ブレる。コンマの一瞬より更に僅かな時に見せたその微動に、宗一郎の予測に微かだが亀裂が走る。 (……っ!?)  宗一郎の勘が違和感を叫ぶ。本能に突き動かされ、頭で浮かんだ予測より先に体が勝手に動く。  引きながら打つとはいえ、面は面。防御の形は、自分の面を守る高い構えで然るべきはずだった。  宗一郎は体勢を崩しながらも、その常識に則った防御形を『取らなかった』。  妖夢の竹刀が閃き翻り、気合いの怒号が響き渡る── 「──胴ォォォォォォ!」 「見切ったッ!」 「…………なっ!?」  響き渡った『胴』の号令。宗一郎の鋭利な一声。バシン、と小気味の良い音。寸分違わず、宗一郎の防御に吸い込まれていく妖夢の竹刀。妖夢が、息を飲む。  宗一郎の竹刀は地面から垂直に立てられ、己の胴の右側を妖夢の剣から見事に守っていた。  その『引き逆胴』は、妖夢にとって必殺を意味する一撃だった。  
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