三譚 宗一郎という男

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   驚きの声を小さく上げるが、それは実力が拮抗した二人には当たり前の結果だった。  荒れた息を整えながら、二人は笑みを交わした。 「強いな」 「あなたも」 「楽しいな」 「すごく」 「……だが」 「……でも」  終わらせなければならなかった。最初から、目指す場所はそこだった。  この最高に楽しい一時を、勝利という完全無欠なフィナーレで迎えられるために。  宗一郎は、そこに立つ自分を思い描きながら言う。 「次でラストにするか」 「どちらにとっての、ラストなんですか?」  息も動悸も、ちっとも整わなかった。体の火照りは、時間と共に増していった。  宗一郎は、込み上げる歓喜を表情にそのまま映して言った。 「自分の勝利を疑わないから、俺たちは竹刀を握っているんだろう?」  言いながら、宗一郎は手に持った竹刀をゆっくりと上昇させていった。  やがて天を衝く格好で落ち着くと、全身に鋭気が漲るのを感じた。  妖夢の表情が強張る。それほどまでに、肌を焼く威圧感が空間を支配していた。 「これが、俺の本気だ」 ──これまで、防御よりも攻撃に重点を置いた剣道をしてきた宗一郎だったが、この構えにその全てが集約されていた。  竹刀を高く構えることで脇はがらんどう、胴など食らえば細枝のようにあっさり折れる。  しかし、それを補って余りある竹刀の出の速さや間合いの取られにくさ、そして何よりも勝る──圧倒的な威圧感。  人はその構えを、まるで火の如きと形容した。人はその竹刀を、天を衝くようだと言い伝えた。そんな比喩が意味を成さぬ程、その構えに畏怖を抱いていたからだ。  それは他の追随を許さぬ攻撃の最高峰。宗一郎の剣道の真髄、 ──上段の構え。  
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