三譚 宗一郎という男

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  「──っ。……押し潰されそうですね」 「嘘吐け、顔が笑ってるぞ」 「それはもう、笑いたくもなりますよ。そんな本気のあなたに勝った時の感動を思うと、ね」  言葉の終わりに笑みを浮かべ、ギッと竹刀を握りしめる音が大気を伝う。  戦いの快楽も、勝利への渇望も、そのまま手に持った得物へ注ぎ込まれていく。そうして放たれるのが、俗に言う「魂の籠もった一撃」というものだ。  その一撃を、これから始まるラストアタックで相手に叩き込まなければいけなかった。勝敗を決める剣が峰は、二人の戦いを終幕へと誘っていく。  持ち得る力の全てを注ぐ、その一撃。それをいかに最高の形で相手にブチ込むか。  その瞬間を、その隙を伺い合う二人は、瞬きすらも許さないほどに互いの動きを射るように見合う。  そして。  先に動き出したのは、妖夢の小さい影だった。 「行きますッ!」  それは、彼女が持ち得る最高のスピードと、最高の力を込めて放つ神速の一撃。  その足が摺り足で踏み出された。その竹刀が振り上げられた。その矮躯が、己より遥かに大きな男の懐へ潜り込んだ。  後は一陣の風となってその横を駆け抜ければ、妖夢の勝利は確定した。  勝利の咆哮と共に、竹刀を横一閃に薙ぐ。 「やぁああああああああ──」 「──面ェェェェェェッ!」 ──竹刀が閃き剣戟が奏で。咆哮は咆哮を塗り潰し、重くのし掛かりその空間を支配する。  両雄、互いの勝利をその手に掴むべく竹刀に心血を注ぎ込む。  今正に、勝敗を別つ剣が峰。  瞬きすらも許さない、一瞬より迅く。刹那より儚く、須臾より遥かに短い間。  言葉もなく、しかし確かに、二人は対話していた。  
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