三譚 宗一郎という男

19/32

451人が本棚に入れています
本棚に追加
/168ページ
   一瞬にして緩慢な対話が終わりを告げ、二人の意識は急速に現実の引力に引き戻される。  音もなく、動作もなく、熱気もなく、戦気もなく、鋭気もなく、威圧感もなく、緊張感もなく、高揚感もなく、疲労感もなく。  それまでその空間を支配していたありとあらゆるものが、その一瞬で消し炭も残さず跡形もなく消え去っていた。  空気の流れすらも存在しない、完全なる静寂の中──。  物言わぬ彫刻のように動作の途中で沈黙する妖夢と、背中合わせになるように残心の構えを取った宗一郎の姿があった。  一体いつまでそうしていたのかは、その場を客観的に見る者にしか量り得ない。  それほどまでに、先ほどまで激しくぶつかり合っていた両雄の時間は麻痺していた。  やがて勝者は音もなく振り返り、好敵手の小さな背中と相対した。 「……くやしいなぁ」  ぽつり、木造の道場に木霊していく声が空気に溶けていった。 □  
/168ページ

最初のコメントを投稿しよう!

451人が本棚に入れています
本棚に追加