三譚 宗一郎という男

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   冷静に見ればこうだ。  逃げる少女を、追いかける剣道防具フル装備の大柄な男。あまつさえ、その手に竹刀が握られているともあらば。 「君、ちょっと来てもらおうか」 「……ん?」  町を巡回中の警官が血相を変えて、その手を掴むのはむしろ当然。  走るその足を止められた格好になった宗一郎は、掴まれた腕をまじまじと見つめた。  自分の腕を掴むのは、自分と同じくらいの体格をした、大人。更に警官。 「……問答無用ォ!」  とりあえず走り出した。逃げる少女を追いかける防具フル装備男を追いかける警官、という図が出来上がった瞬間である。  ここで疑問の原点に帰ってみよう。  一体なぜ、宗一郎は妖夢を追いかけているのか、という話だ。  それは壮絶なる仕合が終わり、ささやかな余韻に浸っていた時のことである。 『──むっ!』と顔をしかめる妖夢。防具を脱ぎ、走り去る。所要時間、3秒。 『ん? おーい。……追いかけてみるか』と、宗一郎。もちろん防具は着っぱなし。  とどのつまり『何故か走り出した妖夢』を『特に理由も無く追いかける宗一郎』という誰にも理解されない事実がそこにある。  結果的に町民にとっては阿鼻叫喚な図となっているのだが、生憎当の本人たちにはその主役たる自覚がない。    ついに国家機関すら巻き込んだその小さな騒動は、やがてその舞台を木々の生い茂る山道へと移していった。  
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